第8回 「子どもと一緒に歴史散歩!~実籾本郷公園内 旧鴇田家住宅」

春の実籾本郷公園はお花見スポット
都市化の波が押し寄せ、東京のベッドタウンとして発展する習志野市。その中で実籾2丁目付近は、今も昔ながらの谷津田(谷筋を利用した水田)や畑、ヘイケボタルの保護活動で知られる「ほたる野(実籾自然保護区)」などもある希少な地域です。
ここにある「実籾本郷公園」は自然豊かな総合公園で、春はサクラ、初夏は花菖蒲で有名。遊具広場や水遊びが楽しめる小川、水鳥がいる池などもあり、休日にはたくさんの家族連れで賑わいます。
この公園内には地元の古民家「旧鴇田(ときた)家住宅」が移築復原され、一般公開されています。内部には復原時の様子を撮影した写真や資料、昔の民具などを展示。お子さんが遊びに来たついでに、郷土の歴史にも触れることができる、おすすめのスポットです。
実籾の村で名主を務めた旧家・鴇田家

曲屋が特徴的な旧鴇田家住宅
江戸時代、実籾村は旗本領や幕府領とされ、村高279石余り。浜田川に沿って谷津田が広がる農村地帯でした。もともと実籾本郷あたりが村の中心だったようですが、徳川家康の時代、九十九里方面での鷹狩りのために東金御成(おなり)街道が作られると、次第に街道付近へと集落が移動していったようです。
鴇田家は代々実籾村の名主を務めた旧家で、東金御成街道沿いにありました。くの字に曲がった大きな茅葺き屋根が印象的な旧鴇田家住宅は、この地方では珍しい曲屋(まがりや)形式で建てられ、当時の農家としてはかなり大規模な作りでした。曲屋は南部地方(岩手県)に多く見られた民家の形式で、住居と厩(うまや)を鍵形に接続して建てたものです。これは馬の飼育環境をよりよくするために用いられた住宅形式ですが、鴇田家では曲屋部分を厩ではなく土間として使用していたようです。
住宅を解体する前に発見された古文書から、享保12(1727)年から13(1728)年にかけて建築されたことが判明しており、築およそ280年。これは千葉県内に現存する民家としては3本の指に入る、また関東地方全体で見てもベストテンにランクされる、歴史のある建物といえます。
平成3(1991)年に習志野市の文化財指定を受け、市へ寄贈、実籾本郷公園に移築の運びとなりました。大型の茅葺き民家であること、県内では珍しい曲屋形式であること、建築当時の資料が残っていることが評価され、平成17(2005)年には千葉県有形文化財の指定も受けています。
建築当時の姿を忠実に復原!

土間のかまどには常に薪がくべられ、
係の方がこまめに火の管理を行っています
移築復原にあたっては、後世に施された改築や増築が多く見られるため、解体の際に記録をとり、また柱にある痕跡、建築材料の様子などを慎重に検討しながら、可能な限り忠実に復原作業を進めたそうです。
この時代の民家は土台がなく、地面においた玉石の上に直接に柱を建てています。これを梁や屋根など建物本体の重みで押さえ込み、柱がずれないような構造になっていました。梁は松材で、長い年月を経ているため、かなりのゆがみがみられましたが、それを修正しながら組み立て直しました。また、窓や壁なども、柱に残された痕跡を参考にして、土壁や格子窓など建築当初の作りを再現しています。
屋内の間取りについては、台所などに改造されていた部分のしきりを取り払い、非常に大きな土間や、自家製味噌の仕込みや保管に使用した「ミソベヤ」などが復原されました。また、身分の高い人が訪問したときに使われた玄関や、その際に伴の者が待機した「トモマチベヤ」も見ることができ、名主の家ならではの特徴がわかります。
2ヶ所にあった囲炉裏や、土間のかまどは、床下にあった痕跡や梁のすすの付き方などから位置を確認し、復原が行われました。かまどには、普段常に火がたかれ、屋根裏をいぶし続けています。
また、便所の遺構も江戸時代の民家として大変に貴重なもので、資料としての価値が高いため、忠実に復原しています。この部分の屋根は母屋と違い、杉皮葺きになっていました。
住宅解体の際に大量の古文書を発見!

天井を張らないのも当時の民家の特徴。
上を見上げると茅葺きの屋根裏、
桁や梁が丸見え!
解体前の鴇田家から発見された古文書は、総数約6,500点。この中から、鴇田家が普請された時の「大工手間日記」が発見され、普請関係の費用のほか、村内への振舞いの様子などが明らかになりました。
また、「大工出面書留(でづらかきとめ)板」と「襖引手(ふすまひきて)裏板」も、旧鴇田家住宅の建築当時の詳細がわかる貴重な史料です。出面板とは大工の出勤を記録した長板で、ここに記された大工の出勤状況は、「大工手間日記」の記録と一致しています。
一方、襖の引手の裏には、享保15(1730)年6月の「大工 平八郎 生国上州(現群馬県)熊谷領 居住大和田村居」という墨書があり、建具を入れた時の記録が残されています。「大工手間日記」にも「舟橋大工」「上総(かずさ)大工」などの文字が見えますが、実籾周辺在住の大工が鴇田家住宅の建築にあたったことや、当時の大工が各地を渡り歩いていた実態を知ることができます。
これらの史料は住宅とともに、千葉県有形文化財に指定されています。
「鴇田家文書」は一級の史料群

古の実籾村の風景を今に伝えるほたる野
「鴇田家文書」は、江戸時代の実籾村の姿を伝える貴重な史料ともなっています。
特に注目されるのは、江戸時代、実籾村に隣接していた幕府の馬牧(ままき)・小金牧に関する史料が残っていること。当時の実籾村が負わされていた、野馬除け(のまよけ=牧の周囲を囲う柵)の土手や馬の水飲み場の修復、牧や鷹場の役人の宿泊や接待などの負担が明らかになりました。また、東金御成街道では江戸と九十九里浜を行き来する荷物の運搬が盛んだったようで、実籾村と犢橋(こてはし)村(現千葉市)の間で起きた、馬継ぎ(うまつぎ)をめぐる争いに関する史料も見つかっています。
その他、江戸初期の村政に関する史料なども含まれており、鴇田家文書は、千葉県北西部の近世史料としては量・質とも一級の史料群です。
足をのばして…森林公園内にも「旧大沢家住宅」
実籾本郷公園から車で約6分とほど近い「藤崎森林公園」内にも、旧鴇田家住宅と同じく千葉県有形文化財指定を受けた古民家「旧大沢家住宅」が移築復原されており、見学が可能です。 大沢家は、江戸時代に上総国長生郡宮成(みやなり)村(現長生村)で名主を勤めた名家で、この家が寛文4(1664)年に建てられたことが、同家の系譜によってわかっています。家の内部には建築当時の桁や梁が多数残っており、東日本で最古の民家と言われています。この建物は「房総の魅力五百選」にも選ばれており、格子窓から眺める四季折々の園内の風景は一級品!また同園には、大正13(1924)年から52年間にわたり、木曽の王滝森林鉄道で活躍した鉄道車両も保存・展示されています。

旧木曽王滝森林鉄道

桜の大木に囲まれて佇む旧大沢家住宅
■スポット情報!!
▼旧鴇田家住宅
習志野市実籾2-24-1(実籾本郷公園内)
【電話番号】:047-471-0144
【開館日】:9:30~16:30
【休館日】第2・4月曜(但し、祝日の場合はその翌日)、年末年始
▼旧大沢家住宅
習志野市藤崎1-14-43(森林公園内)
【電話番号】047-477-4600
【開館時間】9:30~16:00(火は13:00~)
【休館日】月(祝日の場合はその翌日も)、年末年始
※いずれも入館無料。公園に駐車場あり。

